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クリスマスの朝

20061225我が家は12月25日の朝、枕元にプレゼントが置いてある。みんな大人になって、サンタさんは父上と母上だってわかっても、いっしょにクリスマスプレゼントを買いにいくようになっても、とにかく25日の朝までは親がどこかに隠してて、そんで25日の朝に枕元に置かれるのだ。目を覚まして、ちょっぴりドキドキしながらプレゼントの気配を感じつつ、枕元を見る。わかってても、すごくハッピーな気持ちになれる25日の朝がだいすき。

さて今年は家を出て一人暮らしをしている私。去年はもらったんだけど、今年はさすがにないでしょう。わかってたけど、朝起きて、枕元をドキドキしながら見た。あるのはいつもの PowerBook(枕元が定位置w)だけだった。でもそれ開いたらあちこちで、あちこちから、メリークリスマスのメッセージ。ちょっといいなっておもったのでした。

メリークリスマス。
素敵な夜を過ごせましたか。

Fw:

あー今日も帰れないかなぁなんて思ってたところに母上からのメールが。

お寿司だよ。
カニもあるよ。
早く帰っておいで!
茶碗蒸しもあるよ!

今すぐ帰ります!!

おにいちゃん

熱心な当ブログ読者の皆様は私に妹がいることはご存知かと思います。また、すんごく熱心な当ブログ読者の方は弟がいることもご存知かと思います。でも、兄がいることを知っている方はそういないのではないでしょうか。

お兄ちゃんはわたしの2コ上。旅が好き。電車が好き。車も好き。最近は二輪も取ったらしく(いいなー!)、バイクも乗る。山に登る。音楽が好き。ピアノを弾く。コントラバスを弾く。チェロを弾く。もちろん Mac ユーザ。Mac 遊びを教えてくれたのはお兄ちゃんだったし、わたしがピアノを始めるきっかけになったのもお兄ちゃん。たぶん、お兄ちゃんがあっちこっち行ったりしてるの見てて私もいきたいなっておもったんだと思うし、いろいろと私に影響を与えてきた人物なのだ。

小学生のとき、お兄ちゃんは教育テレビで朝6時くらいからやっていた「高校化学」をビデオに録画して超熱心に見ていた。よくわかんない化学式とか知ってて、部屋に謎の化学薬品とかあったりして、子供ながらに「お兄ちゃんはすごいなー」て思ってた。化学だけでなく天体にも詳しかった。叔父さんにもらった天体望遠鏡で星をみていた。部屋には月面地図。お兄ちゃんに聞けばなんでも教えてくれた。彼は小学校6年生のとき、ひとりで電車で九州一周旅行した。小学校6年生ですよ。九州ですよ。ひとりでですよ。しかもお兄ちゃんは背がちっちゃいので実年齢より下に見える。出す親も親だよなあ。いや、いい意味でね。さすがだようちの親は。

小学生ぐらいまでは仲良し兄妹だった。仲良く一緒に電車のってピアノのレッスンとか行ったりしてた。でも中学生ぐらいからかな、だんだんそうでもなくなってきた。高校生ぐらいのときは、ほとんど口をきかなくなってたとおもう。

神経質な人なので、私のやることなすこと気に障ったみたい。こと大学4年間はすさまじかった。常に冷戦状態なんだけど、ごくたまにぶつかりあうと血を流す惨劇。わたしは、常に自分の存在を否定されているようでつらかった。お兄ちゃんがなんでそんなに私を目の敵にするのかがわからなかったし、意味もなく憎まれているようで苦しかった。

でも、1年くらい前からお兄ちゃんが一人暮らしをはじめて家を出て行った。距離と時間を置いたら、なんかちょこっとずつ状況はよくなってる気がする。そう思いたいだけかもしれないけど。今は、なんでお兄ちゃんがあそこまで私に辛くあたっていたのかがわかるようになってきたし、私もお兄ちゃんもちょっとは成長したんだとおもう。一時期はほんとに辛かったけど、今はだいぶ落ち着いたかな。こーいうことをここに書けるようになったくらいだし。

ニー…じゃなかった、大学院生のお兄ちゃんは、この夏休みあっちこっち行ってる。聞くところによると、私がこないだ西に行ってきたちょっと前に鳥取砂丘とか行ってたらしい。ニアミスだ。山も登ってきたらしい。電車でも行ったし、バイクでもどっか行ったらしい。で、こんどは広島にいくらしい。アクティブだなあ。

一度お兄ちゃんとサシで飲んでじっくり話をしてみたい今日この頃なのだ。まあ、それを実現するにはもう少し時間がかかりそうだけどね。でも、いずれできる日が来るんじゃないかなあと、お兄ちゃんがお土産に置いて行ったうなぎパイを食べながらおもったりしている。

そーゆうお兄ちゃんがいます。
某あにきのようにやさしくはないけど、やっぱり私のお兄ちゃんなのです。

は。
また長文を書いてしまった。

父の日

20060619あっ 父の日忘れてた。でも既に時計をぷれぜんつしてあったのでおk。父上いつもありがとん。写真は父上の髪を切る母上。父上の髪を切り続けて30年。これからも母は父の髪を切っていくことでしょう。父の髪の毛がなくなるその日まで。

サッカードローでしたね。うーん残念。スキンまで作って応援したのに。しかし川口はすぎょイね。神だね。

試合中父上が、「オフサイドって何?オフサイドって何なの?」ってしつこいので、ググれ!と一喝してやりました。
中学生のとき、シュート!読んでて、クラスの男子(サッカー部)に同じ質問を何度もしてたのはナイショです。

トシ・・・サッカー好きか?

オカン

東京タワー読んだ。
リリーさん好きだったけど、なんかもっと好きになった。
親、大事にしないとっておもった。

今日は母の日。
お母さんに借金してケーキ買った。
母上いつもどうもありがとう。
Mother's Day 2006

Macに戻ったよ

父上が「かわいそうだから俺のPowerBook使っていいよ」とな。3日前はそんな気にもなれなかったんだけど、やっぱウィンドウズマシンはきもちわるいし(失礼)、とりあえずしばらく使わせてもらうことにした。当然Titaniumのほうかとおもいきや、新しい方を使わせてくれるらしい。おいおい仕事どうすんのって言ったら、彼は未だにTitaniumのほうを使っているらしい。「慣れるのに時間かかるから」ってアンタ。。。まあいいけど。。。なんのために新しいマシン買ったんでしょうかあの人は。単にMacを買うという行為をしたかっただけでしょうか。その気持ちはよくわかります。

てことで、父上のパワブクに私のアカウントを作ってあれやこれや設定。いやーまっさらなHDDってやっぱきもちいいね。あとわたしのPowerBookよりも解像度上がってて快適。でも父上のパワブクはJIS配列キーボードなので恐ろしく使いにくい。どうしたものか。あとはバックアップしておいたデータを復旧させれば元通りだけど、そこまではしたくないのでとりあえず放置。

それからiPodはshuffleが家においてあったのでとりあえず無音の生活は回避できた。TriPortだけでも残ってくれてよかった。電話は、なんか欲しいと思う機種がないのでしばらく買わないことにした。電話なし生活もいいんじゃないかと。メールさえあれば連絡はとれるしね。カメラは、そのうち買お。お金ためよ。

まあそんなわけでですね、ぼちぼち元気を取り戻していこうかねと、いうところであります。はい。

ところでウィンドウズマシンって音楽聴けないの!!何コレ!!とか思ったら、コピーコントロールCDだった。MacだとCCCDとか意識しないからすっかり忘れてた。すげーむかつくねCCCDって。きーっ!きーーっっ!!きーーーっっっ!!!

そんなかんじです。長文エントリ鬼更新の春分の日でした。おしまい。

20060109私のことを「ヲタ」呼ばわりする我が妹タン(18)→写真ですが、彼女はパソコンってそんなに使ってないけど、最近はインターネットぐらいはするようになりました。そんな彼女から質問が。

「ねえねえ、ともちゃんみたいに戻るのどうやるの?」

ともちゃんみたいに、ってのは、キーボードショートカットのことです。私はWin/IEの「戻る」ショートカットがわからないのでググってやりました。そんで「Alt+←」だってわかったので教えてやったのですが、妹が、私が戻る際「cmd+←」で戻ってることに気づいていることにちょっと驚いたのでそう言うと、

「だってともちゃんってこうやらないじゃん」と言う。

こうやらないってのは、トラックパッドでカーソルをぐりぐり動かすという操作をしないってことです。まあある程度パソコンだとかインターネットに慣れてきた人間なら誰でもそうだとおもいますが、カーソル動かしてメニューバーにもってって〜、ってのはめんどくさいので自然キーボードショートカットでやるのが増えるわけです。さらに私はMacユーザでiScroll入れてますから、スクロールバーにもってくという動作もありません。よってブラウジングにおいてカーソルの出番はかなり少ないです。キーボードショートカットとCocoa Gesturesで快適ブラウジングなのであります。

そのことに、PC/ネット初心者である妹が気づいたってことにちょっとびっくり。見込みあるなこの子。で、私がさっきWinのキーボードショートカットを調べてあげたんですが、さっそく自分でも調べて「うへへーいっぱいあるー」とかいって、「うへへー便利ー♪」とか言ってます。やっぱり私の妹だとおもった次第であります。

おばーちゃん

今、母方の祖母が家に来ている。祖母は、わりと重度の認知症(と今はいうらしい)で、早い話がぼけちゃってて、私のことも誰だかわかってません。母(つまり自分の娘)のことさえわかってない時もあります。同じこと何度も何度も聞くし、言うし、もうそういうのってしょうがないんだけど、正直鬱陶しく思ちゃったりして、そんな自分に対して自己嫌悪になったりする。

でも、なんか今回はイライラしない。なんか、おばあちゃん子供みたいにってる。表情が子供みたいに無邪気になってる。子供に返るっていうけど、そうなのかもなぁ。と、おもった。そんで、子供がかわいいのって生きるための術だって話をどこかで聞いたことがあるんだけど、すごく納得したのを思い出した。

おじいちゃんに会ってきた

昨日から今日にかけて、おじいちゃんち行ってきました。

おじいちゃんベッドに寝てたんですけど、普通に寝ているみたいで、いつも行くときと変わらなくて、ほんとに死んでるのか疑わしく思ったくらいでした。でもおじいちゃんの顔に触れてみると、ものすごく冷たくて、その手で自分の顔を触ってみると当たり前に温かくて、命の灯の消えた人間て、こんなに冷たいんだって思いました。

おじいちゃんの、そして人の「死」ってものを目の当たりにして、言葉では言い表しがたい不思議な感情が渦巻いて、そして目頭が熱くなるのに抗う事はできませんでした。これが哀しいってことなんだなって。でも何かこう、必ず誰もが通るべき門というか、経験というか、そういった人としてすごく大切な何かを、得たような気がします。

おじいちゃんは最期、とても穏やかに逝くことができたそうです。日が沈むように、雨がやむように、それはそれは自然に穏やかに。おばあちゃんひとりに見守られて。それがいちばん幸せだったかなって思います。

コメントくださったみなさんありがとうございます。くれないで何か思ってくれた方もありがとうございます。哀しいけど、そんなに沈んでるわけでもないです。おばあちゃんも元気そうだったし。もちろん表に出すまいとしてるんだろうけども。みんな、哀しいけどもどんよりするでもなく、なんかいいかんじです。おじいちゃんも喜んでると思います。