きもちわるい!
きもちわるい!
きもちわるい!
もともとイクラ嫌いだけどもっと嫌いになった!
納豆ぐらい嫌いになった!
二度と見たくない!
いやーっっっっっ!!!!
9.11
なんか最近おもったことを書いてるとすごい長文になる。自分の考えを端的に簡潔にまとめられる人はすごいなぁ。
今日未明の雷雨はすさまじかった。8割方眠りながら残りの2割くらいの脳みそで、バキバキバキバキー!ドッカーン! って音を聞いていた。そこでカメラを持ってくる思考に至らなかったことが悔やまれる。
今日はわたしは平和に過ごした。
みんなが平和に過ごせるといいとおもう。
再会
6年ぶりの友達に会った。ずっと会いたかった友達。いちばん会いたかった友達のひとり。
彼女とは高校1年のとき同じクラスで、すんごい仲良しだった。ほんとにほんとに大好きな友達。高1の1年間しか同じクラスじゃなかったはずなんだけど、それは確かに事実なんだけど、どう考えてもそうは思えない。もっといっぱい一緒にいた気がする。特に変わってる子とかそういうわけじゃないんだけど、ふつーのかわいい明るい女の子って感じの子なんだけど、私にとってはなんか特別な存在だった。
でもいろいろあって連絡先もわからず、高校卒業以来音信不通だった。それでもときどき「こんどーさん元気かなあ」「こんどーさんも私のこと思い出したりしてくれてるのかなあ」っておもったりしてた。片想いじゃんか。
で、先日みくしで彼女が私を見つけてくれたのだ。いろんな人と再会してきたけど、いちばん会いたかった友達のひとり。メール来てたとき小躍りしたもん。このときほど mixi よありがとうって思ったことはない。
6年ぶりに会ったんだけど、全然そんなブランク感じない。つい昨日にでも教室でそうしていたみたいにゲタゲタ笑ってた。彼女は当時と全然変わってなくて、でもやっぱりちょっと大人になってた。高校のときからスチュワーデスになりたいって言ってて、今は全日空のCA。ちゃんと夢を叶えてる彼女はすごくまぶしかった。「念じてれば叶うもんだよ」って、すんごく実感こもってた。もちろん彼女はそのためにすごいがんばってただろうし。心から願うってことは、それにむかって最大限の努力をすることなんだろうなーっておもった。私もがんばろ。いや、今もがんばってるけどさ。これからの自分のためにできることがもっとあるはず。
なんか、今まで立派な社会人になってる友達に会ってもなんか焦るばっかりで、私はこのままでいいのかとかそんなんばっか考えちゃってたんだけど、昨日はなんかちがったなあ。素直に私もがんばろっておもえた。今こうしてるのも無駄にはならないはずだしね。
あとね、あらゆる業種と合コンし尽くした彼女に「ぷちともはぜったいクリエイターと合いそう」って言われたのが嬉しかったねー。ふふふ。
高校のときからそうだったけど、いっつもにこにこしてて明るくて、ここんとこ私はほんと疲れ気味だったんだけど、元気をいっぱいわけてもらった。もうほんとに大好き。またいっぱい飲んでいっぱい話したいな。
こんどーさんが素敵な恋をできますように。
ブツ撮り

仕事でブツ撮りしてます。
何を撮ってるかっていうと、・・・サビた配管なんですが。
影を落としてはいけないのでライティングがムズカシス。露出とかちゃんと考えて被写界深度を調節したり、マトモにやったの初めてかも。カメラってどーゆうモンなのかがちょっとわかった気がする。今までわかってなかったんかいって、はい、そうですすいません。いやほら、理屈ではわかっててもさ、実際にやってみないことにはさ。それにしてもなんかキモチワルくなってきた。おえええ。
えー、リクエスト(誰もしてない)にお応えしまして私が撮ってたもののうちの1枚をご披露いたしましょう。グロまでいきませんが、非常に美しくないのでご注意。
配管
おにいちゃん
熱心な当ブログ読者の皆様は私に妹がいることはご存知かと思います。また、すんごく熱心な当ブログ読者の方は弟がいることもご存知かと思います。でも、兄がいることを知っている方はそういないのではないでしょうか。
お兄ちゃんはわたしの2コ上。旅が好き。電車が好き。車も好き。最近は二輪も取ったらしく(いいなー!)、バイクも乗る。山に登る。音楽が好き。ピアノを弾く。コントラバスを弾く。チェロを弾く。もちろん Mac ユーザ。Mac 遊びを教えてくれたのはお兄ちゃんだったし、わたしがピアノを始めるきっかけになったのもお兄ちゃん。たぶん、お兄ちゃんがあっちこっち行ったりしてるの見てて私もいきたいなっておもったんだと思うし、いろいろと私に影響を与えてきた人物なのだ。
小学生のとき、お兄ちゃんは教育テレビで朝6時くらいからやっていた「高校化学」をビデオに録画して超熱心に見ていた。よくわかんない化学式とか知ってて、部屋に謎の化学薬品とかあったりして、子供ながらに「お兄ちゃんはすごいなー」て思ってた。化学だけでなく天体にも詳しかった。叔父さんにもらった天体望遠鏡で星をみていた。部屋には月面地図。お兄ちゃんに聞けばなんでも教えてくれた。彼は小学校6年生のとき、ひとりで電車で九州一周旅行した。小学校6年生ですよ。九州ですよ。ひとりでですよ。しかもお兄ちゃんは背がちっちゃいので実年齢より下に見える。出す親も親だよなあ。いや、いい意味でね。さすがだようちの親は。
小学生ぐらいまでは仲良し兄妹だった。仲良く一緒に電車のってピアノのレッスンとか行ったりしてた。でも中学生ぐらいからかな、だんだんそうでもなくなってきた。高校生ぐらいのときは、ほとんど口をきかなくなってたとおもう。
神経質な人なので、私のやることなすこと気に障ったみたい。こと大学4年間はすさまじかった。常に冷戦状態なんだけど、ごくたまにぶつかりあうと血を流す惨劇。わたしは、常に自分の存在を否定されているようでつらかった。お兄ちゃんがなんでそんなに私を目の敵にするのかがわからなかったし、意味もなく憎まれているようで苦しかった。
でも、1年くらい前からお兄ちゃんが一人暮らしをはじめて家を出て行った。距離と時間を置いたら、なんかちょこっとずつ状況はよくなってる気がする。そう思いたいだけかもしれないけど。今は、なんでお兄ちゃんがあそこまで私に辛くあたっていたのかがわかるようになってきたし、私もお兄ちゃんもちょっとは成長したんだとおもう。一時期はほんとに辛かったけど、今はだいぶ落ち着いたかな。こーいうことをここに書けるようになったくらいだし。
ニー…じゃなかった、大学院生のお兄ちゃんは、この夏休みあっちこっち行ってる。聞くところによると、私がこないだ西に行ってきたちょっと前に鳥取砂丘とか行ってたらしい。ニアミスだ。山も登ってきたらしい。電車でも行ったし、バイクでもどっか行ったらしい。で、こんどは広島にいくらしい。アクティブだなあ。
一度お兄ちゃんとサシで飲んでじっくり話をしてみたい今日この頃なのだ。まあ、それを実現するにはもう少し時間がかかりそうだけどね。でも、いずれできる日が来るんじゃないかなあと、お兄ちゃんがお土産に置いて行ったうなぎパイを食べながらおもったりしている。
そーゆうお兄ちゃんがいます。
某あにきのようにやさしくはないけど、やっぱり私のお兄ちゃんなのです。
は。
また長文を書いてしまった。
9月になったね
フラれたと思ってた全日空の CA からラブラブなメールがきてテンションアゲアゲな私です。はやく来週になーれ。5年越しの片想いは実を結ぶのでしょうか。乞うご期待w
さて先日 GR BLOG にトラックバックしたこれが選ばれとる。 ワタクシこれ自分でけっこう気に入ってたんだけど、flickr では反応イマイチで、まあそんなもんかと思ってたんだけどうれしいねー。 ふひひ。
GR DIGITALで撮るトラックバック企画「海と祭り」発表です!
本日のらくがき:GR DIGITAL
最近らくがきしてなかったので。でもちょと失敗。

母校
1週間にわたってお送りしてまいりました「西へ」の連載も終ったというのにまた長文ですよよろしくどうぞ。今日は母校の話をします。とはいっても都の西北大学ではなく、高校です。
私が通っていた高校は、都内にある私立の女子校である。言わずと知れた名門・女子学院・・・ではなく、女子学院と名前が似ている超無名校である。時々その女子学院と勘違いされて、「すごい!超頭いいじゃん!」とか、「まじで!お嬢様じゃん!」とか言われるのだが、実に面映いというかかたはらいたしというか、「いや、その女子学院じゃないんだヨ…」と答えるのは非常にばつが悪い
今時そんなんありかよっていうくらいの校則の厳しさと制服のダサさで(いや、私はあれはあれでいいと思っているのだが)、決して頭のよろしい学校というわけではなく、大学への進学もいまひとつ。そんな学校に生徒が集まるはずもなく、生徒数は少子化の煽りを受けて年々減少の一途をたどり、ついに中学に至ってはわずか1学年1クラス、高校でもたった2クラスという惨憺たる状況である。空き教室だらけ、立派な温水プールも故障したまま修理もされず使われておらず、校舎に生徒の姿があまりない、なんともうら寂しい学校になってしまった。
しかしながら、私はこの学校が大好きだった。もちろん今も。というか、卒業してからもっともっと好きになった。生徒が少ないだけあって、先生方は実に親身になってくれる。すごく生徒のことをよく見ていてくれているのだ。周りの友達には刺激をもらったり癒されたり、くだらないことでゲタゲタ笑ったり一緒になって辛いこと苦しいことを乗り越えたり。いい影響をたくさん与えてもらった。この学校で出会った友達、先生、過ごした日々、得たもの、それは何者にも代え難く、今の私の中に生きている。
とまあありきたりなことを書いて終わるのではなく、ここからが本題。
ウチの学校は、毎日生徒が掃除をしている。よってすごくきれいなのだ。校舎は木を基調としたあたたかい雰囲気で、実に素晴らしい。てなワケで、かねてから母校を(つぶれてしまわないうちに)撮りに行きたいとおもっており、ちょいと時間ができたので行ってきた。
駅をおりると、当時とはだいぶ変わっていて、すごくきれいになっている。そういえばずっと工事していたっけ…。懐かしい学校までの道のりをぼんやり歩く。といっても駅から徒歩2分程度なのですぐに着いてしまうわけだが。
校舎は少し高くなった坂の上に立っている。毎日上り下りしたスロープを上がって行く。校門の前で足を止め、一礼する。当時は「規則」というかんじで行われていたわけだが、武道の人が道場とかに入るときにするのと同様、これは心からの「礼」ができてこそ意味があるものだよなと私はおもっていた。だから、しない人に風紀委員とかが無理矢理させようとしてもそんなの意味はないのになあと冷ややかな目で見ていたとかいないとか。
午後4時になろうかという時間、夏休み中で人っ子ひとりいない校庭は寂寥感で満ちていた。それでもやはり、この学校は美しい。そう思った。芙蓉の花が咲き誇っている。芙蓉は、この学校のシンボルである。
高揚理想女黌開 明正心姿婦道培
朝詠夕吟頌聖徳 芙蓉映旭緑風回
さて正面玄関を入り、事務の人に校舎内を撮影してもいいかと聞いてみる。ところが、なんと学校は4時までで、もう閉めてしまうとのこと。なんと。しかしここまできてあっさりひきさがるわけにはいかない。せめてあの木の校舎を少しだけでも撮りたい。通じたようで、じゃあ、5分だけ。ということで許可をもらい、速攻で階段を駆け上る。5分で撮れるわけないがな。
校舎中かけずり回り、懐かしさに浸る間もなくひたすらシャッターを切る。露出補正?そんなんしてる余裕ない。ちきしょう、教室に入れない。暗い、いくら何でも暗すぎる。でも人がいないから周りの目を気にせず這いつくばれるぜ。夏休み中だというのにホコリひとつ落ちていない、流石だよTJG 。
あっと言う間にタイムリミット。ものの10分程度で校舎を後にしたのであった。あーーーーーー不完全燃焼。ぜったいリベンジしてやる!
ハーグ・ロンドン・東京

昨夜ついに実現、マスターヨータ@ハーグ・たいちうk@ロンドン・そしてワタクシぷちとも@東京(厳密には埼玉)という超リンゴ的スーパーマッシヴ・トライアングル。3人以上でのチャットてはじめてだったんだけど、すんげーーーーー楽しいでやんの!ていうかこの3人が!例によって Mac の前でひとり笑っていたら妹にヲタ呼ばわりされる。てことで記念うp。
キャプ画はパリスたんの CD コキ下ろしについて議論しているところであります。超真剣に議論しております。ほんとです。
西へ #006 倉敷・大阪
8/19(土) 倉敷 – 大阪 – 東京
今回の旅行最後の日の朝がきた。独房のような部屋を早々に辞して7:30、masumiさん と待ち合わせている倉敷駅へ。今回いろんな方とお会いするわけだが、唯一の女性である。スレンダーで背の高いスタイルのめちゃいい素敵な女性。朝わたしが美観地区をうろつくというのでわざわざ忙しいところ時間を作ってくださったのだ。感謝感激雨霰。
駅から歩いて阿智神社、そして美観地区をぶらぶら。白壁の町並みがとってもイイ。朝早いためまだお店も閉まっていたけど、雨はやみ、分厚い雲も晴れてきて青い空がみえるほどに。そうこうしているうちにますみさんは予定があったので家に戻る。ものの1時間ほどではあったものの、お会いできてよかった。
ますみさんと別れた後も、しばしあちこちぶらぶらしつつ駅へ向かい、いよいよ今回の旅最後の舞台、大阪へと向かう。
13時ちょっと前、大阪駅到着。大阪もはじめての場所である。大阪…大阪…心斎橋…てことで聖地巡礼と行きたかったのだが、住所を調べていなかったためわからず、時間もあまりなかったので断念。梅田とかそのへんの位置関係がよくわからず、あちこちウロウロしつつなんとか谷町線を発見、谷町六丁目へと移動。大阪にきていきなり谷町六丁目というマニアックぶり。それにはワケがあった。トマソンである。
まさに超芸術。見事な無用階段。 covaemonさんに感謝。せっかくなので腰掛けておいた。
意味が分からんという方はこちらを読むとイイ。ただし、電車の中で読むのは禁物である。笑いをこらえられず、周りの失笑を買うハメになる。
超芸術を堪能したところで匠さんとゆかいな仲間たち(失礼、美女2人である)と合流。とりあえずお茶。みなさま写真趣味の方たちなので、とりあえず撮る。ここはみんなコンデジだが、3人ともすぎょイ一眼レフを持っている。それはのちほど炸裂することになる。
そして大阪といえばコレ、たこやき。しょうゆだしのたこやきというのを食べたかったのだが、「ありません」といわれ、しょぼん。しかたないのでネギポンのをいただく。文字通り山盛りのネギだが、とてもおいしかった。ソースよりこっちのが好きだな。
たこやきを食べているとババババババというシャッター連写の音が。うぐっ。撮られている!!Nikon D2Hで!! ヘンな顔がひきつってもっとヘンになる。だめだ、撮られるのはどうもだめだ。
腹ごしらえもしたところで、空堀という町並みをウロウロ。4人で歩いてて、みんなして好き放題ばしばし撮りまくる。私も自然、シャッターを切る回数が増える。空堀の猫を撮りたいねということで猫を探して路地を行く。なかなかみつからなかったが、ようやく1匹発見。家猫のようだがやたらリラックスモード。もうひとりのカメラをもったオジサンもやってきて、実に5人に撮られまくっていた猫。最後にカメラ目線をいただく。THX!
さて谷町六丁目を後にし、いよいよ伊丹空港へ。これは匠さんのこの記事を見て、「行きたい!」とワタクシがワガママを申したことにより実現したものである。
ヒコーキ!ヒコーキ!ヒコーキ近いよママー!!手を伸ばせば届くんじゃなかろうかという距離。てことでハシャぎまくる私。途中、夕立に見舞われるもへこたれず、GRD で撮りまくる。他のみなさまは一眼レフでばしばしやってる。楽しすぎた。あっという間に2時間過ぎ、飛行機の時間があるのでそろそろ行かねばならない…。うーん。もっと知識と技術磨いてまた来たい。
ヒコーキ写真祭りが終わり、空港へ向かい、軽く食べてから搭乗口へ。20:20発の全日空で羽田へ飛ぶ。ものの50分で東京に到着。その間、寝るでもなく、この一週間のことを思い出していた。
ついに約一週間の旅が終わる。各地でたくさんの方にお会いし、語り、死ぬほどお世話になり、多大なご迷惑をおかけし、間違えまくり、そのおかげでいいものに巡り会い、撮りまくり、撮られまくり、音楽祭りし、日本再発見し、スーパーマッシヴな刺激をいっぱいもらって帰ってきた。こんな旅なかなかできないとおもう。最高だ。いくら「ありがとう」と言っても足りない気がするけれど、それでも言う。本当にありがとうございました。出会った全ての人に感謝。きっとまた、どこかで。
西へ #005 岩国・尾道
8/18(金) 岩国 – 尾道 – 倉敷
朝、ぱらぱらという雨の音がして目が覚めた。カーテンをそーっと開けて落胆、雨である。ここまで天気には恵まれ、昨日も曇ってはいたものの雨は降らなかったのに、山口最後の日にしてどしゃぶり。台風10号が接近しているのである。
しかし台風なんぞにへこたれず、出発。山口最後の日は岩国である。一昨年亡くなった祖父の故郷。もう親戚も誰もいなくなり、お墓も横浜に移しているため何もないけれど、ここで祖父は育ったんだなあとなんとなく思う。私の名字は関東圏では珍しいけれど、山口には多い。ルーツ・山口である。
さて道が混んでいたり雨がいったん止んだのにまた降ってきたりしたものの、とにかく岩国に到着。すさまじい雨ニモマケズ、とりあえず錦帯橋だ錦帯橋。連続したアーチ、うーむ美しい。空が青かったら…ということは言わないことにしておこう。言った気もするが。
台風などによりたびたび流失しているらしいこの錦帯橋、遠目からでも新しくなっているところがわかる。この日は接近する台風の雨に加え、サイレンがけたたましく鳴り響き、ダムが放水を始め、なかなかの緊迫感。 こんな錦帯橋もまた一興…ということにしておこう。
で、渡ってみる。木造なので雨の日は滑りやすいのでお足元にご注意。
橋の上から鵜飼いの舟が。青空だったら…ということは言わないことにしておこう。
時間や天候の都合上、岩国城は遠くから眺めてがまん。資料館なぞを見たりしつつ城下町をぶらぶら。相変わらず雨は激しい。そして電車の時間にあわせて岩国駅へ。3日間お世話になりまくったすてっぷにいさまとはここでお別れ。いくらお礼を言っても足りない気がして、なんだかしょんぼりしてしまった。にいさんはやはりお兄さまだった。また遊びにいきます。
さてめぐりにめぐった山口を後にして、久々に電車に乗り込み一路広島を目指す。宮島に寄るには時間がないのでああああと思いながらもスルー、広島でお好み焼きを食べて、時間あったら原爆ドームも見ておきたいよな…とおもっていたら、なんと、寝過ごした。昨夜ほとんど寝ていないため、電車に乗るや眠りに落ち、そのまま爆睡していたのである。まったくもって今回はそんなんばっかであるが、まあいい。尾道で下車、おさんぽ。雨は上がっていた。
海沿いをぶらぶらしつつ、「そういえばおなかへった…」てことで近くのラーメン屋へ。尾道ラーメンである。見た目よりわりとあっさしていておいしかった。おなかも満たされたところで再び尾道をウロウロ。坂道を歩く、歩く。家の密集している路地を歩いていると、猫発見。猫を追いかけ回して戯れつつばしばし撮っていたら、また雨が降ってきた。それでもメゲずに坂道の路地をウロウロ。古いお寺や小学校、何かのお家元風な家屋もあったりして路地好きとしてはたまらない場所である。雨も強くなってきてだいぶ歩いたので、そろそろ行くか、ということで倉敷へ向かう。
倉敷に着く頃にはもう暗くなっており、倉敷は翌朝早めに出てぶらぶらしよう、ということでごはんを軽く食べてホテルへ。ホテルの場所を確認しようと倉敷駅で地図を見ていたら、変なオッサンに声をかけられる。「どこから?」「東京から」ってのは旅をしてるとよくある会話ではあるけども、それからどんどん話が発展していき、最近写真をはじめたのだがモデルをやってほしいとか言いはじめたので、逃げる。若い女性の写真が撮りたいとか宣っていたが、何もこんないかにも旅人ルックな上化粧ははげて雨で髪ぐしゃぐしゃで汗臭くて薄汚い女…ねえ。しかもおチビのおデブときた。相当な物好きなオッサンだったか、あるいは相当な作画意図があったに違いない。しかし、残念ながら私は写真を撮られるのは非常に苦手であり、ましてや見ず知らずの謎のオッサンに撮られるなどというのは無理な話である。なので、逃げた。わりとしつこかった。このときの私は翌日の大阪で写真を撮られまくることになるとは知る由もない。
翌日は各地でいろんな方と約束をしていたのであちこちとメールをしつつ、朝ぶらぶらするために早めに就寝。この旅行最後のホテルはまるで独房のような部屋で、前日が最高だっただけに辛かった。安さだけで選んではいけないと痛感した。


