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全音クリアファイル

ちょいと他所で見かけてこりゃ欲しい! とおもいましてですね、ヤマハあたりに行けばあるかなとおもって、楽譜を買うついでにゲットして参りました。
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ピアノを習ったことがある人ならばいちどはお目にかかったことがあるっていうかむしろさんざん泣かされたであろう(そのつまらなさに!)、全音のハノンとツェルニー30番の風貌をしたクリアファイル。ていうかなんでこの2つなんですかね、嫌がらせでしょうかねコレw パデレフスキ版のショパンとかヘンレ版のバッハやベトベンとかもあったら集めたくなっちゃうだろうなー。

母上がクリアファイルコレクターなのであげようとおもう。さぞや喜んでくれることであろう!

シューマンの指

シューマンの指母上がいまシューマンの本を読んでいるとかで、やけにシューマンにハマっていた。それが「シューマンの指」、読み終わったというので借りた。てっきり音楽解説書の類かとおもっていたら、シューマンに傾倒する天才少年を主題にとったミステリだった。

とはいえ、母が「シューマンの本」と言うのも頷ける程度に前半はシューマンやその作品の描写がかなり多いので(まさに音楽評論書のようだ)、クラシック好きとしても楽しめるかんじ。特に、作中で「幻想曲 Op.17」が重要な場面で扱われるんだけど、この曲わたしも以前発表会で弾いて、すごく練習した曲だし、大好きで思い入れもある曲なのでなんか嬉しい。読んでると弾きたくなるもんで、久しぶりに弾く。うん、ヘタクソになっている。悲しい。

物語の中で永嶺修人が言う、「音楽はすでにそこにある、演奏する必要はない」という考えがおもしろかった。なるほどそうなのかもしれない。だけどそのすでにある音楽に少しでも近づくべく、ピアノ弾きはピアノを弾くのだ。

ミステリって普段あまり読まないし、読んでも「読み解く」的読み方をわたしはしない。それにこの本は音楽の要素が大きいからミステリってかんじでもなかったんだけど、終盤の展開はたしかにミステリであった。読後はなんだか夢を見ていたかのような感覚。それはまるで、あの月夜に聴く幻想曲のような。

演奏なんかしなくたって、音楽はすでにある。完璧な形でもうある。楽譜を開く。それを読む。それだけで、音楽が確かな姿でもう存在しているのが分かる。シューマンの指

Play Me, I’m Yours

うわあこれいいなあ
Play Me, I’m Yours
Play Me, I'm Yours
街にピアノを設置して道行く人々に自由に弾いてもらうというプロジェクト。2008年から世界のあちこちを巡ってきたそうで、いまはロンドンとニューヨークでやってるみたい。東京にもこないかなー。きたら弾きにいくわー。

ため息

ピアノに対するテンションが上がっておる昨今。すごく楽しいんだけど、腕が(指が)追いつかなくて、ため息。ああもっと動いておくれよわたしの指よ。とほほ。

しかししょんぼりしててもしゃーないのでひたすら練習あるのみ。津田さんも「人前で弾くことが大事」って仰ってたしね。

雨とピアノと

杉田というのはどこだろうとおもったら、磯子のさらに先だった。

朝から雨が降っていて、「本日はお足下の悪い中お越しいただき・・・」って文句が使えるな、などと考えながら家を出る。今日はすこし肌寒い。駅まで歩く途中、コツコツという鈍いヒールの音に、時折「カッ」というかたい金属音が混じる。ゴムが擦り減って芯の金属がアスファルトに当たっている音だ。すごく不快な音。ヒールを直したいが、近所の靴屋は今日は休み。しかたなくなるべく金属音を出さないように恐る恐る歩くから、なんだかおかしな歩き方になる。

京急で杉田。JR 新杉田駅方面へ歩く。新杉田駅周辺でホールの場所がいまいちよくわからず(矢印が出ているのに途中で消えてしまうのだ)、ウロウロしているところへ知った顔を発見し、無事たどりつく。津田理子さんのコンサート。去年もおこなわれた “Michiko Tsuda MusikTreffen in Yokohama”、今年は第3回目とのこと。

津田さんの演奏は実に端正だ。無駄な動きがなく、音がまっすぐに届くようだ。見ていてなんだか気持ちがいい。慣れ親しんだベートーヴェン、ショパン、それから珍しいパデレフスキ。ショパンの楽譜といえばパデレフスキ版だけど、そのパデレフスキの音楽というのは初めて聴いた。それから今回の演奏会で初演された徳備康純「5つのミニアチュール」、透明感のある済んだ音やジャズっぽさも感じられるような楽しいフレーズ、流れるように美しく淡い哀しみ、いろんな表情があっておもしろかった。ちょっと弾いてみたい、素敵な組曲だった(ずいぶん難しいようだけど・笑)。第3曲「ネコとネズミの追いかけっこ」が終わった時、津田さんがニコッとしたのが印象的。情景が目に浮かんで、おもわず顔がほころぶのがよくわかる。最後はドビュッシー。そしてアンコール、2曲目に某所で自分がやろうとしている曲がきて鳥肌立つかとおもった。津田さんの生の演奏が聴けて本当によかった。

演奏会後の質問コーナーというのがまたためになる。すこしメモしておく。音符と音符の間を読む。前後の関係。フレーズ。どんな音が出ているのかよく聴く。この音はこんなふうに弾きたい。どういうふうに音が終わるかを聴く。無駄な動きがない。お腹に力を入れてしっかりと座る。肩の力は抜く。

なんだか疲れがたまっているのか、体調がおもわしくないので飲み会は遠慮して先に失礼させていただく。帰りもまだ、雨だった。

バッハと向き合う

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年録音)こないだの恵比寿映像祭での作品に触発されたのか、ここんとこグールドのゴルトベルク変奏曲をよく聴いている。この曲を聴くと兄上を思い出すのはわかるんだけど(昔よく弾いてた)、なぜかピアノの先生のことも思い出す。特にひとつひとつの曲が終わるところで。ピンポイントで。ああなんか伊藤先生っぽいなぁって。なんでだろ。でもなんかそれがなつかしくてうれしい。

まあ、それで、やっぱり弾きたくなるわけで、楽譜を買った。最近あったかくなったから、ピアノ弾いてても手かじかまなくなったし(笑)。昔はあんなに避けたがっていたのに、バッハを避けてショパンとかの華やかな曲ばかり弾きたがったのに、この歳になってバッハがほんとうにしみるよ。はぁ。

バッハと向き合うのは、音楽の芯のところに真摯に向き合うようで、背筋がのびる思いがする。それがすごく心地いい。

情熱

最近、弟がやたらピアノウマくなっててビビっている。

うちの兄弟は、兄、私、弟、妹といて、弟だけピアノを習っていなかった。でも、弟は昔から好きになったバンドなどに影響されながら、ギター、ドラムとやってきて、最近はピアノにまで手を出している。で、完全独学で、なんか弾いちゃってるのだ。わたしなんて 20年習って弾いてきたというのに、なんということだ。

す、すごいね、と言うと、弟はこう宣った。
「情熱だよ。あの曲をなんとしても弾きたいっていう情熱だけで弾いてる」

あぁ、それだ。パッションだ。わたしにはそれがなくなってしまっているのだ。ものごとに対する情熱が薄れるって、なんて悲しいんだろう。

でも、それで完全になくしてしまいたくない。いや、なくすことはできないのだ。そしてわたしは鍵盤に向かう。ヘタクソでも。とにかく。

ラプソディ・イン・ブルー

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東京文化会館にて、シンシナティ交響楽団の演奏会。指揮はパーヴォ・ヤルヴィ。11月にサントリーホールでも同じコンサートがあるんだけど、すでに安い席が売り切れていたため文化会館の公演をとった。上野は歩いて行けるしね。

まずはバーンスタインのディヴェルティメントから。8楽章からなるこの曲、ひとつひとつ個性的でおもしろい。第2曲の弦のやつ、よかった。ヴィオラの音がとてもいい。スフィンクス(謎)とかほんと謎だしw ブルースかっこいいし。

そしてガーシュインのラプソディ・イン・ブルー。今日はこれのために高いチケット取ったのです。なぜってアナタ、ピアノがクリスティアン・ツィマーマン。ツィマーマンのラプソディ・イン・ブルーとかもうね、そりゃいいに決まってるがな。めちゃんこかっこいい。席が何しろ安い席なので、4階のいちばん左のはしっこだったんだけど、これがなかなかよろしい。ツィマーマンのご尊顔が拝めないのは無念だけど、ててて、手が。丸見え。素晴らしい。ていうかもう後頭部すら男前。時折すこし長めの白髪をガッとかきあげる仕草がんもうんもうかっこよすぎてもうやばいですねこれは恋ですねそうですね。ツィマーマンかっこいいよツィマーマンはあはあみたいなかんじでもう昇天寸前でございました。

後半はラフマニノフの交響曲第2番。1楽章あたりまでは先ほどの興奮覚めやらずぼんやりしておりましたが(笑)、2楽章のツケルツォかっこよく、その間に挟まれる優美な旋律。そして3楽章。これぞラフマニノフ節と言わんばかりの叙情的で実に美しい緩徐楽章。もう泣けてくる。で4楽章で活力を得て、終わるのだ。音楽って素晴らしい。

アンコールにシベリウスの悲しきワルツとブラームスのハンガリー舞曲6番。ほとんどツィマーマン目当てだったけど、実にいい演奏会、しっかり堪能した。

君は路地を曲がる

春ですねぇ。いや今秋だろって話ですけど、なんですよ。もう大好きなの大人になって改めて染み入るよほんとに泣けてくるんだよ。

その「春」をピアノで弾いてる人がいてね、いや春だけじゃなくありとあらゆる B’z の曲を弾きまくってるんだけどね、どの曲もあまりの完成度の高さに軽く嫉妬なんですよ。アレンジウマすぎでしょホント勘弁してほしいわ。わたしも同じことして遊ぶけどママゴトでしたごめんなさいって感じだもの。

非常に悔しいので「きみをつれて」はわたしがやるからおねがい弾かないで
って感じですあー参ったー参ったーほんとやられたー

GR DIGITAL III の動画

動画なんてどうでもいいって人が多いのかもしんないけど、気になったので。

GRD3 の動画、映像はそりゃもうきれいになってるけど、音。音がずれる。これ、初代にはなかった。映像がきれいなだけに非常に残念。まー私の場合ピアノを弾いている手を撮っているので音のずれが非常に気になるのであって、普通に人物とかニャンコとかがしゃべったりニャースコ言ってるのを撮ったときどうなのかはよくわからんけど。

追記:検証してみました。わかりやすい曲で(バッハのイタリア協奏曲)。ミスタッチはご容赦を(笑)。上が GRD3 、下が初代。2台で同時に撮ってます。冒頭や10秒後あたりわかりやすいかと。まあでもこういう使い方をしなければ気にならない程度なんでしょうけどね。