小火の思い出

もうすぐ終わっちゃうけど本日 9月1日は防災の日でありますので、わたくしの小火の思い出でも。


高校1年の、あれはいつ頃だっただろうか。たしか、遠足の日だったように記憶している。遠足やら運動会やら、そういうイベントごとの日のお弁当には、必ず母親の作った唐揚げが入っていた。唐揚げなんてのはお弁当のおかずとしてはごくごくポピュラーなものなんだろうけど、我が家ではちょっと特別な存在だった。ただ単に作るのに手間がかかるからなんだろうけど。母の作る唐揚げはとてもおいしくて、大好きだった。

その日、遠足から帰宅した私は、小腹が空いたので冷蔵庫をあけてみた。あった。揚げる前の唐揚げ。やった。揚げて食べよう。

油が十分に熱くなるまで時間があるので、部屋に行って Mac で遊んでいた。ちなみに当時のマシンは Power Machintosh 8100/100AV である。変な鳥のゲームだったか、ヘリコプターバンバンバンゲームだったか、おやじの鉄拳2だったか、あるいはインターネットだったかもう忘れてしまったけど、とにかく Mac 遊びに夢中になってそのまま油を火にかけたことを忘れてしまったのだ。

10数分、いやもっとだったかもしれない、とにかくしばらく経って、弟だか遊びに来ていた弟の友達だかの騒ぐ声がするのに気づく。そしてはっとする。

「油・・・!」

あわてて台所へ走る。台所は煙が充満し、レンジフードやまわりの壁や天井は煤で真っ黒になっている。フライパンからは火が出ている。しかし幸いにもフタがしてあったため、

鍋火

こーゆう状況は免れており、

鍋蓋火

こーゆう状況だった。

コンロの火は止めたものの、まだ鍋から火は出ている。油に火がついた場合、水をかけてはいけない。洗剤をかけるといい、というのを聞いたことがある。かけてみるも、フタが閉まっているので一瞬ボワッとなって何もおこらず。当たり前といえば当たり前か。まだ火が出ている。壁などに引火したら大変だ。なんとかしないと。火が消えるまで放っておけばいいものを、わたしはそこで驚くべき行動に出る。

わたしはフライパンを持って、台所から庭に運んだ。火がついたまま。

鍋蓋火

今にして思えば、冷静だったのか気が動転していたのか、よくわからない。台所から庭に出るには畳の和室を通るんだけど、もしもそこで物に躓いて転びでもしていたら・・・。考えただけでぞっとする。しかしわたしは必死だった。とにかく火を家の外に出すんだ、そうすれば家が燃えることはない、と、その一心だった。

なんとか無事に庭に出して一安心、しばらく放っておくと、ようやく火が消えた。誰かが呼んだのか、サイレンを鳴らして消防車がやってきた。火は消えていたので彼らは消火活動はしなかったけど、私は反省文を書かされた。わたしが反省文なんてものを書いたのは、後にも先にもこのときだけである。

翌日学校で友達にその話をしたら、「そーゆうときは、バスタオル濡らしてお鍋にかけるんだよ」と教えてくれた。「なるほど! よく知ってるねぇ」と言うと、「わたし、安全委員だったんだもん」と胸を張る彼女。学校教育大事だなと、なんかしみじみおもった。そして今後こういうことがあっても、わたしはきっと冷静に対応できるだろうと妙な自信を得た。幸い、そのような場面にはそれ以来遭遇していないけど。

火をつけている時は絶対にその場を離れない。当たり前だけど、大事なこと。防災の日にあって、改めておもうのだった。

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