なんかわたしの iPhone のカメラロールって8割方食べ物の写真なんだけど、他の人ってどうなんだろ。。
人間は、体内の水分量を一定に保つから、余った分は尿で体外に排出する。同じように、脂肪も溜め込まないで、生存するのに適切な一定の量で保って、余った分は便かなんかで体外に排出するように進化すればいいのに。そしたら好きなものたくさん食べられるのに。
わたしはほんとうに食べることが好きだな、と、iPhone を見るだにしみじみおもう。
おいしいへぎそばを求めて、ちょいと十日町まで足を伸ばす。
今まで食べたどのへぎそばとも味が違う。ウマし!
ようやくこれを使う時がきたー。昨シーズン、なにげに送った写真が入賞してもらったのだ。前回は2日券買ったから使えなかったのよね。
少し前にバイクの自賠責が切れて、更新したので車載している書類を入れ替えようと、シート下の小物入れから書類を入れたビニール袋を取り出した。中には自賠責の書類と、車両の登録証と、遺書が入っていた。
そう、わたしは事故って死んだ時のために、遺書を入れておいたのだ。たぶんバイクを買った時だろうから、おそらく4年くらい前に。雨やなんかでだいぶ汚れてヨレヨレになった、その五線紙にしたためられた遺書を広げて読んでみる。昔の自分の日記を読むみたいなこっ恥ずかしさがあった。
この遺書、自分の所有しているものだとかネット上のアカウントだとかについていろいろ書かれているんだけど、だいぶ情報が古くなっている。それで、今日、改めて書きなおすことにした。これから1年に1度、自分の大切な物や大好きな人たちのことを考えつつ、遺書を更新していこうではないか。事故った時に自賠責の書類を確認しようとした警察屋さんに見られて恥ずかしい思いをするのも、また一興。
我が家にホームベーカリーがやってきた! ヤアヤアヤア!
つーわけで、ひとり暮らしのうちは我慢しようとおもってたんだけど、ひょんなことで(って言われるとひょんって何だよひょんってっておもうけどとにかくひょんなのだ)友達の友達(つまり赤の他人)からホームベーカリーをいただいた。わーわー。 懸念事項だった置き場所もなんとかムリヤリ確保。キッチンスケールもポチったし、ああ早く作りたいなー。あのパンの焼けるにおい楽しみだなー。そのうち生地だけ HB で作って成形もののパンとかも作りたいなー。
友人ならびに友人の友人さん、本当にありがとうございます。重ね重ね、心より御礼申し上げます。
てかなんか知らんけどちかごろ家電をもらうことが多い。あと欲しい家電っていうと、たこ焼き器つきのホットプレートですかね。よろしくどうぞ。
人は分からないことがあったらまず検索する。インターネットがなかったころはどうしていたんだっけ? とおもってしまうほどに、それは既に当たり前のことになっている。
伊坂幸太郎「モダンタイムス」。この小説の舞台は今から 50年ほど未来。恐妻家のシステムエンジニア・渡辺拓海がある仕事を請け負ってからというもの、彼の周囲では不穏な出来事が次々に起こる。彼らは皆、ある複数のキーワードを同時に検索していたのだった。
社会というシステムは「そういうことになっているもの」「仕組み」であって、その目に見えない大きな何か、漠然としたものに対峙していく。ネット社会、国家や権力といったもの、近未来の話ではあるけど、限りなく現在にも近いかんじで、今まさにそういう方向に向かっているのかもな・・・なんておもったり。
前半は面白かったけど、後半はテンポ悪くなったな。なんかいろいろ中途半端なかんじするし。本筋にはあんまり関係ないけど、気に入った一節↓
美味しいものは、食べると消える。世の中で一番つらいことの一つ– モダンタイムス(下)
今年わたしが新しく始めようとしている小さなことのうちのひとつに、「模型を作る」というのがある。模型にもいろいろあるんだろうけど、わたしとしてはガンダムでもなく鉄道でもなく戦闘機でもなく、やはりバイクの模型を作りたい。
それでときどきアキバヨドバシのおもちゃ売り場を物色してみたり、Amazon 眺めてみたりして、’88 NSR 250R SP とか コニカミノルタの RC211V ’06 とか作りたいな〜とかおもったりしてたわけ。
そんな折、大学ん時の友人が作ってる模型雑誌がちょうどバイク特集だってんで見てたら、まさに件の NSR を組んでいた。これがなんかもうすごくて、その制作過程みたらなんかとてもわたしにゃ作れんわこれ、とおもってしまって、なんかしょんぼりしている。いやすごく作りたいんだけども。でもわたしそもそも道具とかなんにも持ってないし。やっぱまずはゴリラあたり作っとくべきなのかしら。でもなんかこう、攻撃的なフルカウルのマシン作りたいわけよ気分的に。うーん。悩む。