その日、私は普段は全く着ないスーツに身を包み、化粧まできっちり施し、錦糸町にいた。朝8時の錦糸町。これから出勤とおぼしきビジネスマンが、慣れた足取りでめまぐるしく行き交う。私は駅の改札を出て、朝の気忙しさの漂う街を歩き始めた。目的地は東京区検察庁墨田分室。先日、スピード違反で赤切符を切られ、11月7日出頭命令が来ていたのだ。
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よく晴れた日曜日の午後だった。ふと飛行機を見たくなり、羽田へ行こうと思った。バッグにカメラを詰め込んでバイクを駆る。湾岸道路は車線が多く広く、前にも後ろにも車はいない。秋の風は涼しく爽やかで、青い空の下、気持ちよくカチ回していた。後にして考えてみればいかにもネズミ捕りをやっていそうな場所だった。アンダーパスを抜け、視界が開けた時、そこには白い VFR 。ああ、オワタ・・・。
指定速度 50km/h のところ、81km/h 。31km/h オーバーであえなく御用。普段計器類は常に意識しているものの、このときは完全に飛んでいた。あまりの気持ちよさに半ば恍惚状態だったのかもしれない。悔やんでも仕方ない。やってしまった事実は消えない。ただただ反省し、交通法規徹底遵守を決意し、親に借金を申し込むのだった。
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錦糸公園を通り過ぎ、その建物は見えてきた。他にもそこへ向かうらしき人がちらほら伺える。8時20分。受付開始の10分前だが、すでに前に数人いて、受付は始まっていた。みんな手にはあの忌まわしきピンク色の紙切れを持っている。仲間がたくさんいるようでちょっと嬉しくなる。
8時30分から呼び出しが始まり、まずは警察による取り調べ。私もじきに呼ばれ、指定された部屋へ移動する。大きな会議室みたいな部屋をパーテションで区切り、ブースができている。呼び出し番号に従い、ブースへ入る。警察官の人はフツーのオジサン。特に威圧感もない。
「あ、ぷちともさんね、じゃそこ座って」と、促されるまま椅子に座る。「へー、バイク乗るんだぁ、250CC、スクーターみたいなやつ? じゃなくてオフロード? ちがうの? いいねー、これはホンダ? あそうー。免許取ってどのくらいなの? へぇー、どっか行ったりするの? 北海道! すごいねー、ああ、大洗からフェリー乗ってか、え、新潟、あーじゃあ小樽から入るんだ、いいねーなんかいい生活してるねー、あ、でこれね、湾岸署から来てるから、これは仕事? じゃないのね、急いでたのかね、まあ気をつけてね、次検察だから、またおんなじかんじで呼ばれるからね」
と、世間話だかなんだかわからんうちに終了。で待つ。検察もおんなじかんじで、言いたくないことは言わなくていいから、とか言われつつ事実確認。それで再び待つ。この待ち時間の長いこと。この日、本を持ってくるのを忘れ、iPod も忘れたため、ひたすら暇。手持ち無沙汰にまわりを見回すと、見事に男性ばかりである。若い人が多いのかと思いきや、年配の人も多く、年齢層は幅広い。私のようなスピード違反、そして飲酒運転で捕まるパターンも多いようだ。スーツ姿の男性、ちゃらちゃらした若い男、これからツーリングですか?みたいなライダーな格好のオジサン、いかにも飲酒運転で捕まった風なオジサン、大学生みたいな若者、中にはよぼよぼのおじいちゃんも。彼はいったい何で捕まったのだろう・・・。
ようやく書面による略式裁判が終わり、窓口で番号を呼ばれる。そして赤切符を返される。罰金 50,000 円のハンコが押されている。相場は調べておいたのでわかってはいたものの、やはり辛い。窓口で支払って、終了。全ての手続きはおよそ 1時間ほどで終わった。裁判というより、なんだか何かの事務手続きのようだった。
50,000円の領収書を眺め、「GRD2 買えるな・・・」などという考えが頭を掠めるのを追い払いつつ、錦糸公園を横目に歩き出す。その足取りは軽いとは言えないものの、とりあえずひと区切りついてホッとしていた。着慣れないスーツのジャケットの襟を正し、電車に乗る。流れる景色に目をやるでもなく、交通法規徹底遵守の決意を新たにするのだった。
捕らわれのネズミ [免停講習編]
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あんまり公の場に書くようなことでもないけど、この手の体験記というのは非常に参考になったので私も書いておきました。もう違反しないゾ、という戒めも込めて。いつも心に初心者マークを。ヘルメットにも初心者マークを。明日は講習に行ってきます。